ふくしまクリニック

ふくしまクリニック 内科,循環器内科 在宅診療,緊急

〒632-0093 奈良県天理市指柳町311-3
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第一部

 医師国家試験に合格し、大学病院の研修医となったのはいいが、患者さんとの接し方、診察の仕方、薬の名前、全く何も分らない。僕は、夢と不安の中で医師としてのスタートをきった。まずは、先輩先生が外来で診て、入院を決めた人の入院主治医をする。といっても、先輩先生の指示を聞き、そのまま患者さんに伝えて、検査を依頼することだけで精いっぱいの毎日である。
 医師になって、まだ3人目の患者さんだった。心臓カテーテルを行う為に入院された本岡(仮名)さんという方だったが、彼のことで、日曜日にポケットベルがなった。看護師から、「本岡さんが書類を書いてほしいという希望があり、今日書きに来てください。」とのこと。医者の仕事とは書類書きで日曜に呼ばれることがあるんだ。と、世の不条理を嘆きながら、大学病院に向かった。しかし、今度は書類の書き方が分らない。それぞれの項目に、なるべく丁寧に、細かい文字を書き連ねた。「これで良いですか?」本岡さんに聞いた。「ようけ書いてくれてんな。河元先生(外来主治医)なんか1行程やで。」と、誉められた?まあ、これも仕事で、患者さんが喜んでくれるのならいいかと、病院を後にし、パチンコに向かった。
 8ヶ月間の研修後は、救命センターに派遣された。もちろん研修医として。救急患者の診かた、技術的なこと、少しずつ慣れてきた。と思ったら、翌4月から、龍田病院への1年間の研修が決まった。
 龍田病院でも研修医の立場であり、外来診察の業務はない。入院患者さんをスタッフ医師と一緒に診て、勉強させてもらう。いろんな検査に入り、検査を覚える。
先輩先生に呼ばれて、外来に向かう途中、「福島先生やんか。」と声がした。振り返ると、本岡さんがいる。「あれっ、何でここにおんの?」と言うと、「家がこっちに近いから、こっちの外来に来てんねん。」とのこと。「福島先生はどうしたん?」「4月からここの研修医に配属されてん。」「へーっ、先生がもし外来するようになったら、俺、行くわ。」「ほう、約束やで。」
 翌年は高田の病院でスタッフとしての第一歩を踏み出したのだが、その次の年には龍田病院に再度派遣され、本岡さんも、約束通り、僕の患者となった。2年後は郡山の病院、それから5年後は奈良市の病院、そして天理市の病院と、本岡さんはずっと僕の異動にともない、病院を変えてくれた。
僕は医療に関して悩んでいた。というより、今後の在り方に関して考えていた。大病院で働くのも医師、個人で開業するのも医師。大学病院の教授も町のおっちゃん医者も同じ医師。何科で働いても、それぞれにやらなければいけないことがある。教授にしかできないこともあるし、開業医にしかできないこともある。ぼくにとっては、医者というと、開業医だった。近所の人とその生活に密着し、普段の生活にベースを置いた医療が憧れだった。もちろん、友人が学会発表をする。医長になっていく。大学の講師・助教授になっていく。そういう姿をみて、カッコイイと思わないではなかった。でも、やっぱり、小学生の時に抱いた近所のおっちゃん医師を実現すべく、開業を決意した。


 

第2部

 天理市で開業を決めたのは、本岡さんをはじめ、何人かの患者さんがずっと僕と一緒に病院を変わってくれたことにある。僕を医師として育ててくれた患者さんに感謝と敬意を抱きながら、なるべく交通の良い場所を選んだ。
開院初日は土曜日だった。カルテ番号1番は、ずっと診てきている康木(仮名)さん。7時30分から駐車場で待ってくれている。愛称はオヤジ。クリニックでオヤジというと彼を指す。80歳越えても元気だな。「ドクター、何かほしいものない?」「開業できてよかったね。」「俺もいつまで来れるか分からんけど頼むわな。」と僕のしゃべる暇はない。
本岡さんが顔を出してくれたのは翌週、60番目のカルテ。いつもの相棒の古いスカイラインに乗って登場。「どうなん?暇そうやな。」の言葉通り、患者さんは、毎日10人程。「ご覧の通りですわ。」と、僕。「もう、ね、古い車はクーラーが効きにくいから暑くて堪らないのよ。」は、こちらも僕の患者さんである本岡さんの奥様のお言葉。お住まいは、クリニックから少し遠い。診察をし、世間話をし、スタッフを紹介する。彼は土佐のいごっそうもん。飾らない素朴な人柄から、すぐにスタッフとも打ち解けた。
「ちょっとこれ見てみ。」と、彼から一枚の紙を差し出されたのは、それから半年くらい経ってからのこと。僕もスタッフも差し出された紙に目をやると、細かい字が書いてある書類。ん?「これ、研修医時代に書いた書類やんか。」「そうやで、コピーして大事にとってあんねんで。」「日曜に呼び出されるわ、何書いてイイか分からんわで、一生懸命書いたわ。」「休みにまで来てもうて、こんなにビッシリ書いてもうたら、コピーしてでもおいとかな、罰あたるやろ。」まあ、罰が当たることはないのですが、15年以上も持っていてくれたその気持ちに感動し、感謝した。「まあまあ恥ずかしいからなおしといて。」
患者さんの気持ちが分かるようになるだろうか、医者としての自分の姿勢はどうなのだろうか。医者は患者さんにどう接するのが良いのだろうか。どんな言葉遣いをするのが正しいのだろうか。医師になって初日から、いや、医師になる前からずっと悩んできたが、ちょっとだけ、悩んでいる甲斐があった。ような気がした。

彼は既に僕の患者ではない。
「先生、こっちでも待ってるで。ぼちぼちな。」と悪戯っぽく笑ってる彼の顔が浮かんで、そんなことも自分の励みになっているような気がする。