ふくしまクリニック

ふくしまクリニック 内科,循環器内科 在宅診療,緊急

〒632-0093 奈良県天理市指柳町311-3
電話: 0743-62-1120
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桜の散る頃に
 
私がその病院に着任した4月1日、桜は咲き始め、満開の地域もあるらしい。
「医局に机がありませんので、しばらくはこの部屋でお願いします。」と指定されたのが、地域連携室。何か月も前に、私が着任することは分かっていたはずなのに、何という、オ・モ・テ・ナ・シ。理不尽とは思いますが、しかたがありません。
緊張しながら部屋に入り、「おはようございます。今日からお世話になります。」と、挨拶をした相手は、お2人。2人とも女性で、1人は物静かで、穏やかそうな方(Sさん)、1人はやや年配の、少し声の高い、ハキハキした方(Kさん)。お話を伺うと、Kさんは、前の総師長さんらしい。「先生、コーヒー淹れたげるからね、頑張って。」と、私のような者に、優しく声をかけて下さった。
仕事は、大変しんどかった、辛かった、逃げたかった。内科医として、一般的な全ての患者さんを診る。前は救命センターの循環器内科に属しており、一般内科の知識は眠っているので、分からないことばかり。外来・病棟での検査や点滴、内服薬のオーダーの仕方すら分からない。何をどうして良いか分からないまま、診療は始まり、続く。何となく気分が落ち込んだまま、疲れて連携室に戻ると、やはりKさんは、「先生、コーヒー淹れたげるから、頑張って。」と、声をかけて下さる。何にも出来ない医者なのに、申し訳ない。その声に、私は何度も救われ、勤務を続けることができた。1ヶ月が経ち、ようやく医局に机をいただき、小さい引っ越しをした。病院のシステムにも慣れ、仕事内容にも慣れてきた。連携室の2人にお礼を言い、私は医局の人になった。
 
私にとっては、医者=開業医だった。悲願を達成するべく、その病院の近くに開業をした。Sさんは、開業したクリニックの受付けとして働いてくれることになり、私をかわいがって下さったKさんは、患者として、クリニックに通院して下さるようになった。自宅からは遠いのに、ありがとう。
 
採血室が何やら賑やかだな、と、覗くと、Kさんが、クリニックのスタッフに何やら話をして、きゃきゃきゃきゃ、喜んでいる。以前一緒に働いていたカッコいい男性に、友人との旅行も兼ね、会いに行くらしい。ここを開業して14年近くになる。Kさんもそれだけ年齢を経たのに、少女のような面をみせてくれる。「本当にカッコいいから、写真撮ってみんなに見せたげるね。」「はい、是非見せて下さい。」って、あんたらホンマに見たいん?「じゃ、先生、またね。行ってくるね。」「はいはい、楽しんできてや。」
 
1枚のFaxが届いたのは、それから数週間後のこと。救命センターからの問い合わせである。救急搬送されてきた方が、うちのクリニックにかかっているらしいので、情報がほしい、と。Faxに書かれてある患者名は、Kさん。直ぐに救命センターに電話をし、状態を聞く。聞きながら、彼女のやや高い声と人懐こい笑顔を思い出し、しばらく目を閉じた。
 
今年の桜は、早くに咲き、長く咲いていたな。通勤の途中に見る桜も既に散っているけれど、来年に備え、緑を湛えている。
 
Kさん、向こうで会った時に胸を張って話ができるよう、一生懸命に医療に励みます。向こうでは、ちょっとノンビリしいや。今度は私がコーヒーを淹れたげるからね。ありがとう。
 

 

 桜の散る頃に
 
私がその病院に着任した4月1日、桜は咲き始め、満開の地域もあるらしい。
「医局に机がありませんので、しばらくはこの部屋でお願いします。」と指定されたのが、地域連携室。何か月も前に、私が着任することは分かっていたはずなのに、何という、オ・モ・テ・ナ・シ。理不尽とは思いますが、しかたがありません。
緊張しながら部屋に入り、「おはようございます。今日からお世話になります。」と、挨拶をした相手は、お2人。2人とも女性で、1人は物静かで、穏やかそうな方(Sさん)、1人はやや年配の、少し声の高い、ハキハキした方(Kさん)。お話を伺うと、Kさんは、前の総師長さんらしい。「先生、コーヒー淹れたげるからね、頑張って。」と、私のような者に、優しく声をかけて下さった。
仕事は、大変しんどかった、辛かった、逃げたかった。内科医として、一般的な全ての患者さんを診る。前は救命センターの循環器内科に属しており、一般内科の知識は眠っているので、分からないことばかり。外来・病棟での検査や点滴、内服薬のオーダーの仕方すら分からない。何をどうして良いか分からないまま、診療は始まり、続く。何となく気分が落ち込んだまま、疲れて連携室に戻ると、やはりKさんは、「先生、コーヒー淹れたげるから、頑張って。」と、声をかけて下さる。何にも出来ない医者なのに、申し訳ない。その声に、私は何度も救われ、勤務を続けることができた。1ヶ月が経ち、ようやく医局に机をいただき、小さい引っ越しをした。病院のシステムにも慣れ、仕事内容にも慣れてきた。連携室の2人にお礼を言い、私は医局の人になった。
 
私にとっては、医者=開業医だった。悲願を達成するべく、その病院の近くに開業をした。Sさんは、開業したクリニックの受付けとして働いてくれることになり、私をかわいがって下さったKさんは、患者として、クリニックに通院して下さるようになった。自宅からは遠いのに、ありがとう。
 
採血室が何やら賑やかだな、と、覗くと、Kさんが、クリニックのスタッフに何やら話をして、きゃきゃきゃきゃ、喜んでいる。以前一緒に働いていたカッコいい男性に、友人との旅行も兼ね、会いに行くらしい。ここを開業して14年近くになる。Kさんもそれだけ年齢を経たのに、少女のような面をみせてくれる。「本当にカッコいいから、写真撮ってみんなに見せたげるね。」「はい、是非見せて下さい。」って、あんたらホンマに見たいん?「じゃ、先生、またね。行ってくるね。」「はいはい、楽しんできてや。」
 
1枚のFaxが届いたのは、それから数週間後のこと。救命センターからの問い合わせである。救急搬送されてきた方が、うちのクリニックにかかっているらしいので、情報がほしい、と。Faxに書かれてある患者名は、Kさん。直ぐに救命センターに電話をし、状態を聞く。聞きながら、彼女のやや高い声と人懐こい笑顔を思い出し、しばらく目を閉じた。
 
今年の桜は、早くに咲き、長く咲いていたな。通勤の途中に見る桜も既に散っているけれど、来年に備え、緑を湛えている。
 
Kさん、向こうで会った時に胸を張って話ができるよう、一生懸命に医療に励みます。向こうでは、ちょっとノンビリしいや。今度は私がコーヒーを淹れたげるからね。ありがとう。